上州 南牧村(なんもく村)

妙義山の麓に南牧村という村があります。すぐ近くの信州にも南牧村がありすが、そちらは(みなみまき村)と読み八ヶ岳を含む有名地ですが、こちらの南牧村は過疎化率全国一だそうで、それを売りにしている変な村です。極端に平地が少ないので、それを補うために石垣文化が発達したようで見事なものです。これぞ地域遺産ですが、残念なことにコンクリート建造物に取って変わられようとしています。村は地域財産に気づいていないようです。
頼まれ仕事で近くに行き、村の民宿に泊まり何枚かスケッチしてきました。
                               <南牧川>      4号
村に流れる川沿いに集落が点在する。この絵で描きたかったのは、川に張り出した崖の上に建つ土蔵だったが、余分なものを描き過ぎた。この川は一級河川である。
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                            < 石垣の擁護壁 >    2号
信州に抜ける道が川沿いに通っている。変な絵であるが至る所に高々と積み上げた石垣が見られる。
地元民の話では何百年にもわたって耐えてきたそうである。しかし流れる川は一級河川、ということは国の管理。当然なことに治水工事はコンクリート建造物となり、台風の被害はそちらが多いそうである。先人の知恵侮るべからず。
                  < 南牧村の集落 >  2号
お堂と火の見櫓のある集落に出会ったので、懐かしさのあまり車を止めた。私のおやじの生家がこんな雰囲気の村であった。南牧村には、このような十数軒の集落が川沿いに点在する。
           < 佐久 馬坂集落 >   4号
裏山の段々畑と家の構造が面白いので描いてみた。南牧村の家は大抵二階建てで、二階は例外なく板張りのテラス状になっている。ここはコンニャクの乾燥場として使われている。隣町の下仁田はコンニャクで有名であるが芋の生産はこちらが主役だそうである。
ところで、この部落は国境をなす山並みの上州側にある。にも拘わらず行政上は信州佐久に属する。なぜなのか、このまさかの事態が馬坂(まさか)という部落名になったと言い伝えが残っている。
               < 南牧村 立岩 >    2号
今夜の宿に向かう途中に立岩(たついわ)が見えた。この岩山の向うに荒船山がある。ご存じクレヨンしんちゃんの作者が遭難した山である。そして荒船山の隣が妙義山という位置関係になる。
< 星尾集落の朝 >   2号
宿のすぐ近くに見事な石垣組みがあったので早起きして見に行った。見ているうちに段々といじましく思えてきた。中段の石組みなど、僅か3尺ほどの幅の畑である。まさに寸土を得るために営々として築いた石組みなのである。ここで花や野菜を育ており、見ていると人が水やりに降りてきた。何百年と続いた営みであろう。
 < 霧積温泉 >    2号
峠の釜めしの横川から旧中山道を登る。駐車場に車を置いて山道を30分ほどアルバイトして霧積温泉につく。日帰り湯の客には送迎車が出ない。しかし、湯はいい、飲んでもうまい。テラスで食した峠の釜めしも旨かった。しかしながら、せっかく膝の治療に出向いたのに山道歩きと相殺された気分だ。
下仁田の江戸期からの老舗でコンニャクを求めて帰途につく。往復とも圏央道を利用したが便利になったものである。おかげであっという間に帰宅できた。